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| 津軽三十三観音 |
鰺ヶ沢霊場
観世音菩薩は衆生を救うため、三十三の姿に身を変えた。これが三十三観音である。
津軽では、江戸時代初期から三十三観音霊場ができ、盛んに霊場巡りがおこなわれた。 |
六番札所

御神体は、大きな 塊(鉄の塊)である。付近には製鉄跡が多く杢沢製鉄炉跡が出土するなど、有名になった場所である。

七番札所

寛延年間札所組み替え時に、弘前報恩寺に代わって霊場となる。本尊は、聖観音木像である。
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日本海を弁財船が往復した時代、鰺ヶ沢湊は諸国の船の出入りで賑った。
これらの船は航海の無事を祈って社寺へ船絵馬を奉納した。
当社には弘化(1844〜47)から明治にかけての船絵馬が多く、その大部分は、北陸の船である。
弁財船が、船のバランスを保つため積み込んできた御影石を玉垣にした。この中には船問屋や大地主らの名が刻まれ奉納されている。

絵 馬

御影石の玉垣
8月15日を中心に4年に一度開催される大祭は、その昔、弁財船によって運ばれてきたという、京都風の優雅な行列である。
各町内の山車が祇園囃子を演奏してつき従い、いっそう華々しくにぎやかである。

大 祭 |
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