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八衢神は猿田彦神のことで、津軽地方では、珍しい碑名である。
神話の天孫が高天原から日向の高千穂へ降臨した時に天の八衢に立ち、道案内しようと待っていたことから、道祖神としても信仰されている。

八衢碑 |
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板石塔婆とも呼ばれる石造の卒塔婆のことである。目的は、祖父母両親の追善供養や自らの死後の冥福を修するためである。

松源寺板碑 鰺ヶ沢には、12基の板碑があり、年代のわかっているのは2基。日照田地蔵堂隣にある板碑が応安8年(1378)、もう1基も日照田一本松下にある板碑で永徳2年(1382)、共に南北朝期の造立である。
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弁財船時代、出湊のため、天気の予測をするに登った山のこと。鰺ヶ沢の日和山は、阿倍比羅夫がここで日和を見て渡島渡りをしたという伝説をもつ。岩木山遥拝所でもあったので、岩木山の形をした石が奉納されている。

岩木山の形をした石 |
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無量庵の板碑 |
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日照田地蔵隣板碑 |
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他の板碑については次のとおり
種里・種里城址内 2基
舞戸・館地蔵堂横 2基
種里・臥竜院墓地 1基
日照田・一本松下 1基 |
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文化文政時代西浜俳諧宗匠として活躍した小野金兵衛化石の句碑。
「磯山や
四月の袖に
桜散」
化石塚

芭蕉の名句を刻んだ碑が高沢寺庭園に建立されている 。
「名月や
池をめぐりて
よもすがら」
芭蕉塚 |
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備前屋保村晩杏らによって、当町岩谷の台地上に建立されたこの句碑は、裏面に「日蔭塚」とあるので、この名で呼ばれている。
「蝶の飛ぶ
ばかり野中の
日蔭かな」
日蔭塚

台地上にある日蔭塚と保村晩杏句碑

左右に行き先を明示して旅人の便宜を図ったもので、西浜には深浦にあるものとともに貴重である。 |
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舞戸、鰺ヶ沢の俳人達が保村晩杏を偲んで、日蔭塚と並べて建立した。
「草はっか
かくさぬ
野中かな」
保村晩杏句碑

当町赤石沢目を知る上で貴重な史料である。旧藩時代の有名なマタギの名が刻まれている。
マタギ碑 |
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